まもなく訪れる夏に向かって・・・博多といえば山笠たい!
ココで博多祇園山笠について調べてみました。
文献によると、博多祗園山笠の起源で一番有力とされているのが、
鎌倉時代の仁治2年(1241年)、承天寺の開祖・聖一国師が当時蔓延していた疫病を鎮めようと、
町民が担いた施餓鬼棚に国師がのって病魔退散を念じ祈祷水(甘露水)をまきながら町中を清めて回り、
その功徳により疫病を退散させたのが始まりという説です。
現在の山笠との類似点をみても(1)施餓鬼棚と山笠の台、
(2)車輪なしの台を担ぎ上げて走り回るスタイル、
(3)水をまくなどがあり、当時神の信仰と仏教信仰とが
融合調和していたため、それが疫病を流行させると恐れられた
祇園の神を鎮める神事として形が変わったとも考えられます。
日本三大祇園祭の一つである博多祗園山笠は
博多総鎮守である
櫛田神社への奉納神事であり、その歴史は764年余り、国の無形民俗文化財に指定されています。
現在の山笠の基となっている「流」ができたのは、豊臣秀吉による「太閣町割り」により博多の町が形成され「流」の呼称が生まれました。
山笠のここまでの道程は決して平穏なものではなく、戦禍・天災・人災など幾度にもわたる難局を乗り越えてきた博多町人や先人達の熱き思いと試行錯誤の積み重ねのおかげで現在に至りました。
「博多祗園山笠」は伝統を守りつつも時代に受け入れられる
べく伝承されているのです。
博多祇園山笠が始まりますと一気に夏を迎えるのが
博多の定番であります。
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